日曜読書 切磋琢磨するアメリカの科学者たち―米国アカデミアと競争的資金の申請・審査の全貌

切磋琢磨するアメリカの科学者たち―米国アカデミアと競争的資金の申請・審査の全貌 | 菅 裕明 |本 | 通販 | Amazon

 

 

東大化学専攻の菅裕明先生が自身の米国での研究経験を踏まえて、2004年当時の米国科学界において科学者が教育・研究・予算獲得に関してどのような仕事をしており、それが米国の科学水準向上にどう寄与しているかを解説した書籍である。特に米国ではピアレビューによる切磋琢磨が科学研究の水準を高めていると本書では主張している。

日米問わずどの国でも研究者同士のピアレビューは行われるが、米国で機能しているピアレビューは一線を画すものであるようだ。

例えば、研究予算申請書について厳正なピアレビューが行われることで、米国の研究計画の質は維持されている。米国と日本では研究予算申請書に占める研究計画の分量が多く、日本では(科研費などの)申請書に占める研究計画の量は数ページ(5ページ程度)であるのに対し、米国(NSFやNIFなど)はその数倍以上の研究計画を執筆せねばならない。分量の多い研究計画となるとその内容について誤魔化しは利かず、その実現蓋然性評価のため論理展開の曖昧さやメインプラン破綻時の対応などが審査時には厳しく追及される。このように研究予算申請書に対して厳正な審査がある一方で、改善点についてのフィードバックが充実しており、それを踏まえて研究計画は一層洗練されて行く。個人的経験ではあるが、学振申請書(DC1)のフィードバックは集団内での相対順位に終始しており、具体性に欠けたものだったのは残念だった。フィードバックを充実させる意識が研究者コミュニティの中で醸成されているのだろう。このようにピアレビューが十分に機能することで、研究水準が担保されている。

本書が出版された背景には諸外国の制度を踏まえて大学制度が大きく改革された時期であったということが挙げられる。2004年に日本の国公立大学が法人化し、法人化に伴い国公立大学自治性が高まるため、特に個々の大学が経営を独自に行う米国の制度は注目されていた。米国の大学は研究者が獲得する研究予算から得られる間接経費を大学の運営に使用しており(まあ日本もそうだけど)、大学間で予算を獲得できる優秀な研究者の奪い合いが起きている。研究者も一定水準の教育・論文執筆・予算獲得を実現できなければ、パーマネントの職に就けず、任期付き職から脱するため日夜研究と学生の教育に勤しんでいる。おそらくは諸外国と比較して研究者に対する淘汰圧は苛烈だろうが、キャリアアップした際の報酬も大きい。

翻って日本については(2021年現在での結果論を述べても仕方ないのだが)、改革は失敗し、(分野ごとに相違はあれど)全体として研究者による科学論文執筆は質量ともに低下している。見かけだけ国公立大学に経営権がありながら、大学の基盤となる運営予算は現象の一途をたどっている。競争的資金については、選択と集中による予算配分の偏りに由来して、予算獲得競争に伴う研究の質的向上が健全に機能しているとはいい難い。研究者の立場で見てもパーマネントの職を得るための競争は他国と同様に厳しいが、米国のようなキャリアアップは目指せないだろう。大学院生についても選択と集中により一部の主要大学の特定分野にのみ予算が投下されており、学振などによる給料がなければ、学位取得までに経済的な面で数100万円~1000万円のハンデを背負うことになる。さらには就職後にそのハンデをペイできる将来像を描けない。彼我の差は大きいが、これらを改善していく当事者意識を持って行動したい。